スミレと黄色いカタツムリ(私が子供を望まない理由
その日帰宅すると、マンションの裏口の足元に、黄色い画用紙にシールを貼った物が落ちていた。直ぐに子供が工作したものと分かったので踏まないように拾う。
見ると、カタツムリのシルエットに切られた紙で、色鉛筆で顔が書き込まれており殻の部分がキラキラしたシールで飾り付けてある。殻の端に「おなまえ」と書かれた場所があり、そこには「Sumire」とあった。
あ、スミレちゃんのやつだ。
私の住んでいるマンションは、老夫婦か小さい子供のいる家族が多く住んでいる。
何件か顔と名前を見知っている家族がおり、スミレちゃんはその一人。年中さんくらいの細身で可愛らしい女の子である。
スミレちゃんとそっくりな細身で可愛らしいママと良く二人で居るところを見かける。
スミレちゃんのママはいつもきちんとした服装で、ひっつめ髪。てきぱきとした物腰で、しっかりした頭のいい感じの人。
そのママの横に居るスミレちゃんは実際よりも少し小さい印象を受けるが、スミレちゃんはママの事が大好きなのがよく分かる。細かにママを観察して、よくお手伝いをしているからだ。
でも、ママはあまり機嫌がいい所を見たことが無い。いつもイライラした雰囲気で居る。
そんなママとスミレちゃん。
****
ある日、私が帰宅しエレベーターホールで立っていると、スミレちゃんとママも帰宅してきた。
スミレちゃんは自分の家のポストをあけて、中を覗きこみ「何も入ってなかった」とママに報告。ママはむすっとしながら「何も届いてないから入ってないのよ」「早く。エレベーター来てるから」と、淡々としゃべっていた。
なんとなく。子供の頃の自分と母親の関係にかぶって。思わずスミレちゃんに声をかけてしまった。
ミュウさん「わぁ!お手紙の確認して偉いねぇ。ママ嬉しいって。」
ママ「…ありがとうございます。なんでも真似したがって…」
ミュウさん「いや、私はポストチェックめんどくさくて全然ダメで。羨ましいです。」
ママ「すみれ、褒めてもらったんだよ。ありがとうって言いなさい」
スミレちゃん「・・・。」
たったそれだけの会話。スミレちゃんは私の顔をちらっと見ただけ。
スミレちゃんは気づいていたかも知れない。ミュウさんが実はスミレちゃんではなくママを褒めたことを。
****
マンションに住んでいて、スミレちゃんをパパが連れている所を見たことが無いから、きっとママは他のママよりも沢山スミレちゃんと向き合って、沢山頑張っているんだと思う。 きっと仕事も頑張っている。それを知っているからスミレちゃんも沢山お手伝いができる子なんだと思う。
仕事と子供の両立は凄く大変で、それでも守りたい、育てなきゃという気持ちが強ければ強いほど、ママの顔が厳しくなってしまう時間も多くなる。
私の母親もそうだった。
そんな母親でも笑顔で居て欲しい、怒らないで自分と向き合ってほしと思って、嫌いな食べ物もおいしそうに食べていた。 だから私の母親は私が生卵が食べられない事を今も知らない。
自分はそういう子育て、子供との向き合い方をしたく無いけど、そういう因子を持ったDNAを所持している事も知っている。
だから。
だから私は子供をあまり欲しいと思ったことが無い。
****
スミレちゃんはどんな女性に成長していくんだろうか…
小さい笑顔を描きこまれた黄色いカタツムリを見て、そんなことを思い出す。